大判例

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鹿児島地方裁判所 平成3年(行ウ)1号 判決 1992年10月02日

原告

肥後源市

右訴訟代理人弁護士

亀田徳一郎

小堀清直

増田博

被告

土屋佳照

右訴訟代理人弁護士

松村仲之助

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求

被告は、訴外鹿児島県に対し、金七万五六六〇円及びこれに対する平成三年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  主張

一  請求原因

1  原告は鹿児島県の住民であり、被告は鹿児島県知事である。

2  被告は、鹿児島県知事として、宮内庁長官からの案内を受けて、平成二年一一月二二日及び二三日、皇居において挙行された大嘗宮の儀のうち、二二日に行われた悠紀殿供饌の儀に出席した。

その際、被告は、旅費として、鹿児島県条例・規則等に基づき、鹿児島県から七万五六六〇円の支給を受けた。

3  悠紀殿供饌の儀は、同月二三日に行われた主基殿供饌の儀とともに大嘗祭のうちの中心的な儀式である。

悠紀殿供饌の儀及び主基殿供饌の儀には、国が国費を支出し、参加者の人選、参加者への案内の通知等を行ったが、右国の行為は次のとおり、憲法前文及び一条等の国民主権原理並びに二〇条及び八九条の政教分離原則に違反しており違憲、違法である。

(一) 大嘗祭は天皇家の私的儀式であり、その中心となる悠紀殿供饌の儀及び主基殿供饌の儀は、天皇が悠紀田及び主基田の新穀を神とともに食し、神と出会い、現人神となる儀式であり、神道による宗教儀式である。また、憲法は皇位を世襲と定めているが、大嘗祭は憲法に定める皇位継承に随伴する儀式ではなく、したがって何ら公的性格をもつ儀式ではない。

したがって、国が大嘗祭の挙行につき内廷費でなく宮廷費から約二二億円を支出し、その金額のうち約一四億円を、悠紀殿供饌の儀及び主基殿供饌の儀が挙行される大嘗宮の建設費に充て、参加者の人選、参加者への案内などを行ったことは、憲法二〇条及び八九条の政教分離原則に違反する。

(二) 日本国憲法は、国民主権原理を定めているのに、今回の大嘗祭は、天皇主権原理を採用していた大日本帝国憲法のもとで挙行された大嘗祭を踏襲しており、その中心的儀式である悠紀殿供饌の儀及び主基殿供饌の儀は、国中がこぞって天皇に服属することを示す儀式でもあり、天皇主権に相応する万世一系の現人神である天皇の即位と統治を示す儀式であって、日本国憲法の定める国民主権原理に違反する。

4  右のとおり違憲、違法である悠紀殿供饌の儀に、被告が鹿児島県知事として出席することは、政教分離原則(二〇条三項)及び公務員としての憲法尊重擁護義務(九九条)に違反し、右出席に関し被告が鹿児島県の公費から旅費の支給を受けたことは違憲、違法である。

5  原告は、平成二年一二月二三日、鹿児島県監査委員に対し、平成二年一一月二二日及び二三日に行われた大嘗祭への被告及び知事随行職員小島政利に対する旅費を、鹿児島県が公金から支出したことは違法であり、適正な処置をとるよう監査請求をしたが、鹿児島県監査委員は、平成三年二月一八日、原告に対し、監査委員の合議が整わなかった旨の監査結果を通知し、右通知は同月一九日原告に到達した。

6  被告は故意または過失により右違憲、違法な旅費の支給を受けた不法行為により鹿児島県に対し七万五六六〇円の損害を与えたから、被告は鹿児島県に対し右損害を賠償すべき義務がある。

7  よって、原告は被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、鹿児島県に代位して、七万五六六〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2及び5の事実は認める。

2  同3の事実のうち、国が大嘗祭の挙行につき宮廷費から国費を支出したことは認める。その余の事実は否認する。

3  同4、6の事実は否認する。

理由

一請求原因1、2及び5の事実、並びに国が大嘗祭の挙行につき宮廷費から国費を支出した事実は当事者間に争いがない。

二争いのない事実及び証拠(<書証番号略>)によれば、次の事実が認められる。

1  皇室は、皇位の継承に伴う儀式として大嘗祭を挙行し、その中心的な儀式である大嘗宮の儀(悠紀殿供饌の儀及び主基殿供饌の儀)を、平成二年一一月二二日及び二三日に挙行した。

2  被告は、鹿児島県知事として宮内庁長官から大嘗宮の儀への案内(<書証番号略>)を受け、同月二二日に挙行された悠紀殿供饌の儀に鹿児島県知事として出席し、内閣総理大臣、衆参両院議長、最高裁判所長官、国会議員、他都道府県の知事らとともに参列した。その旅費として条例・規則等に基づき七万五六六〇円を鹿児島県の公費から支給を受けた。

被告が、悠紀殿供饌の儀に参列したのは、天皇の皇位継承儀式に儀礼を尽くし、天皇の皇位継承に祝意を表すためであって、その目的において宗教的意義をもったものではなかった。

3  政府は、大嘗祭はその趣旨・形式等からして宗教上の儀式としての性格を有すると見られることは否定することができず、また、その態様においても国がその内容に立ち入ることにはなじまない性格の儀式であるから、大嘗祭を国事行為として行うことは困難であるが、大嘗祭を皇室の挙行する行事として行う場合、大嘗祭は、皇位が世襲であることに伴う、一世に一度の重要な伝統的皇位継承儀式であるから、皇位の世襲制をとる憲法のもとにおいて、大嘗祭につき国としても深い関心をもち、その挙行を可能にする手だてを講ずることは当然であり、その意味において、大嘗祭は公的性格があるとして宮廷費から大嘗祭の費用として約二二億円を支出し、その金額のうち約一四億円を、悠紀殿供饌の儀及び主基殿供饌の儀が挙行される大嘗宮の建設費に充て、参加者への案内なども行った。

三憲法は、政教分離原則を定めているが、この原則は信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由を確保しようとするものである。したがって、右政教分離原則は、国家に宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが我が国の社会的、文化的諸条件に照らし相当とされる限度を越えると認められる場合にこれを許さないとするものであると解される。右のような政教分離原則の意義に照らせば、憲法二〇条三項にいう宗教的活動とは、およそ国家及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を越えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解される。

被告が、鹿児島県知事として悠紀殿供饌の儀に出席し、参列したのは、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴とされ、国の要職にある天皇の皇位継承儀式に儀礼をつくし、祝意を表す目的のためであって、その目的において宗教的意義はなく、またその行為も、最小限の知事随行職員とともに上京し、三権の長、国会議員、他の都道府県の知事ら多数の参列者とともに皇居において悠紀殿供饌の儀に参列していたのみであって、悠紀殿供饌の儀の進行等につき自らは何らの関与もしておらず、憲法が天皇を日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴と定めており、憲法は日本国の最高規範であるばかりでなく、日本国の文化の一側面であって、その故に、天皇を日本国の象徴、日本国民統合の象徴としてとらえる社会的、文化的諸条件があると考えられることからすれば、被告の悠紀殿供饌の儀への参列は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴とされ、国の要職にある天皇の皇位継承儀式に儀礼をつくし、新天皇への祝意を表するという効果をもつことは当然として、それ以上に、悠紀殿供饌の儀の宗教的側面に対し援助、助長、促進し、他の宗教を圧迫する等の効果をもつ行為であるとは認められない。

原告は、被告の行為が政教分離原則に違反するかの判断にあたって、国が、政教分離原則に違反して、宗教的行事である大嘗祭の挙行につき宮廷費から国費を支出し、参加者の人選、参加者への案内なども行ったことを考慮にいれるべきであると主張する。もとより国が、宗教的に意義のある目的をもって、宗教的行事に国費を支出し宗教的行事の挙行につき便宜をはかるなどの行為をした場合において、普通地方公共団体の機関が、国の当該行為に対し積極的に加担する目的、効果をもつ行為をしたときは、当該普通地方公共団体の機関の行為自体も、宗教的に意義のある目的をもち、宗教に対し援助、助長、促進または圧迫、干渉等の効果をもつ行為と認められ、政教分離原則に違反することもあると考えられる。しかしながら、前記のとおりの、被告の悠紀殿供饌の儀への出席の目的、その行為の内容、程度、効果に照らせば、被告の行為は、国の行為とは無関係に、専ら皇室の挙行する天皇の皇位継承儀式に儀礼をつくし、天皇の皇位継承に祝意を表すに止まり、それ以上に、大嘗祭の挙行につき宮廷費から国費を支出し、参加者の人選、参加者への案内などを行った国の行為に対し直接のかかわり合いをもっていないし、また国の行為に対しことさらに賛意を示すなどの事情は認められず、被告の行為が積極的に国の行為に加担する目的、効果をもつものとは認められない。したがって、被告の行為が政教分離原則に違反するかの判断にあたっては、国の大嘗祭への関与が政教分離原則に違反するかどうかにつき判断する必要はない。

右のとおり、被告は、憲法の定める天皇の日本国の象徴、日本国民統合の象徴たる地位に配慮して、儀礼的に悠紀殿供饌の儀に出席し、参列したものと認められるのであって、右行為が憲法の定める国民主権原理、政教分離原則に違反するものでも、憲法尊重擁護義務に違反するものでもない。

四以上のとおりであるから、被告が、鹿児島県から悠紀殿供饌の儀への出席のための旅費の支給を受けたことが違憲、違法であるとする原告の主張は失当であり、他に被告が鹿児島県から旅費の支給を受けたことを違法と認めるべき主張立証はない。

よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮良允通 裁判官原田保孝 裁判官宮武康)

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